完璧な〇〇にはならない宣言

世の中にカンペキな編集があるとしたら、
それって実は、
それ以上の編集可能性がゼロということですもんね。

 

世の中、カンペキな母親とか、カンペキな母親になるために頑張ってる(ように見える)人とか、支援者やプロなら、カンペキでなんでも知ってなきゃいけないとか、
そんなカンペキさを自分にも他人にも求めすぎている中で、

 

カンペキな母親がいたら、子ども的には息苦しいよねー、なんでも知っていて導いてほしくないよねーとか、
カンペキな先生がいたら、逃げ場がないよねーとか、
そんなことを心の中でつぶやいていたのだけど(カンペキ懐疑主義w)、

 

カンペキ=自分に不足がない=伸びしろがない=変わらない

だとしたら、なかなか人にも自分にもたちが悪い。

  

そうじゃなくて、

カンペキじゃない=不足がある=伸びしろがある

の方程式でいきたい。

不足歓迎。

自分が足りないから、見えるもの、触れること、伸びしろ、伸びたい気持ち、そんなんがたくさんあるに違いない。

完璧な母ちゃんとか完璧な仕事人とか目指さない宣言〜(なれないけど)

 

ジブリ展での一枚。自分で行かないと始まらないぜよ。

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機嫌がいい人から買いたい

天気が良かったので、少し足を伸ばして、電車お散歩&外でごはん。

お昼は持っていったけど、もう一品肉系(タンパク質)が欲しいなぁと思って、屋台のお店やお惣菜コーナーをうろうろ。

ここ限定!の唐揚げに目がいって、買う一歩手前まで行ったけど、店員さんの顔つきが疲れてて、機嫌悪そうだったから、直感的にやめよ、と。

結局、近くにあったハンバーガーの屋台のお店の人が勢いがあって、美味しそうだったので、そこで買って食べた。

 

いつも機嫌よくあれというのは難しいし、老舗そば屋の頑固オヤジの打つそばがめちゃめちゃ美味しいのもよくある話だけど、私は機嫌のいい人から物を買いたいなと思っている。

エネルギーの循環、とか書くと胡散臭いけど、ポジティブな反応(自分の主義主張を貫くんじゃなくて、その場の即興を楽しむみたいなイメージ)って、どんどん連鎖していくと思っている。そして、つながっていくとと、どんな人にも”やさしい”社会がもうちょっぴりできてくんじゃないかと。

購買行動も社会への投票だとよくいうけれど(昔の私の所属していた界隈ではよく言った)、行動することで、少しずつありたい方向へタイミングをずらしていくことができるんじゃないかなぁ。行動が影響を与えるのはなんでも同じ。物を買うときでも。文章を書くときでも。ワークショップをやるときでも。一つ一つは小さい行動でも、ボディブローが後から効いてくる。

 

っと、ちょっと真面目に書きすぎました。。

心を揺さぶるタラブックス展

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タラブックス展@刈谷市美術館へ。

小さい頃からそうだけど、新しいところに行くときには緊張する。「大丈夫大丈夫」と呪文のように唱えながら、でも同時に見知らぬ場所にいるんだというワクワク、何が待っているんだろうという期待も高まって。

 今回も緊張と期待がごちゃ混ぜになりながら、美術館へ。

館内はそんなに混んでいなくて、絵本コーナーで子どもは楽しむことができたし、ハイハイしている間に外の展示をゆっくりみることもできた。

美術展って、子どもがいると(退屈するかなと)敬遠してしまっていたけど、思い切って行ってみてよかった。

”世界の全ての木には物語がある”というメッセージや、
ルーツとか女性の生き方を大切にしているところも共感したし、
何よりもビビッドな色使い!恋に落ちた。ずっと見ていたいと思った。永遠のような一瞬のような、不思議な空間。

で、散財するわけですが(苦笑)。。

  

*タラブックス展

世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦|刈谷市|刈谷市美術館

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育休中にやりたいことを書き出してみた

JUMP会でお知り合いになったMさんのブログ

をみて、私も育休中にやってみたいことを書き出してみることにした。

育休中にやること、という視点が斬新。

ここまでノープラン、風の向くまま気の向くまま、思いつきで過ごしてきた1年だったから、でもそろそろ戦略的になってもいいかもしれない

 

リストがこちら。

最初はスローペースだったものの、途中から出るわ出るわ。止まらない。

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で、わかったこと。

選択と集中から決めました!などというとカッコイイのだが、そんな視点全くなくって(苦笑)、今しかできないチャレンジをしたいという視点で選んでいる。

経験学習の本でいうと、アンラーニング(学び直し)のためのストレッチ経験

準備もなくいきなり産休・育休になってしまった経験から、

世の中何が起こるかわからないから、できるときにいろんなことにチャレンジしとけ!って考え方になってしまったんだと思う。

 

ちょっと内容をまとめてみると、、

チャレンジ、挑戦、大歓迎。(生きている感じを味わうというか。精一杯背伸びしたい。そこから世界を見てみたい)

 

世の中にいろんな人がいることに関心があるし、仕事していてはそういう人に出会う機会が減ってしまうと思っている。(事務局や花伝も人を知れるから楽しい)

 

携帯の買い替えとか、服の見直しとか、PCの整理とか、大事だけど手が回っていないことはたくさんある。(で、他のやりたいことに押されて後回しになる)

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書いてみて一番良かったのは、これ書いておくと、面白そうだな?と思うイベントがあっても、参加するかどうか迷わずに済むなぁということ。

これまで、空振りも少なくなかったしね(トオイ目。。)

 

それにしても、ケータイ。いつ変えようかな。。文字入力も時々大変だしなーー。

子育てのヒントは編集にあり?!

編集学校を知ってから、子育てができるなんていいですね」

といわれたことがある。その時は頭の中がハテナだらけだったけど、こういうことを伝えようとしてくれたのかな、と思う文章を最近読んだ。

 

編集学校のサブテキスト的な千夜千冊の中のひとつ「想像力を触発する教育」。

1540夜『想像力を触発する教育』キエラン・イーガン|松岡正剛の千夜千冊

 

一言で言うと、表現する人は、創造力より想像力をまず身につけたほうがいい、という文章なのだけど、その中に、子どもの想像力と学習についてのくだりもある。

 

柔らかい「比喩」をいろいろ使ってみる。

「韻」と「リズム」と「パターン」に親しんでいけば、さまざまな言葉になじめる。

「冗談」や「ユーモア」で状況がわかるようにする。

自分の「手描き」のイメージで何が描けるかを知る

、、なんてことが、子どもの「想像力にとむ学習」が発生するきっかけとして紹介されている。

 

たぶんこれは、人に何かを伝えるトレーニングなんかなと思う。

文章で表現するか、絵で表現するか、それとも言葉か、音楽か。

表現の方法はいろいろあるし、文章ひとつとっても、何を書くか、どんな文体で書くか、何から書くか、レイアウトはどうするか、、など、表現できることは全く違う。だから、いろいろな形で表現する方法を身につければ、それだけ自分のメッセージを伝えられる人が増える

これ、子どもが身に付けたら、無敵だよね。大人だってそう。

子育てするのに想像力が必要なら、編集や表現を学ぶことは子育てにもつながる??なんて思ったりして。

 

子どもの可能性という意味では、これもオススメ。小学生すごすぎるぜ!!!

362夜『小学生の俳句歳時記』金子兜太・あらきみほ|松岡正剛の千夜千冊

「いい母親」という落とし穴

池井戸潤を読んだ。

下町ロケット。TVドラマの時は全くのスルーだったのだけど、面白い。わたしの中にある仕事にアツイおっさんマインドwが揺さぶられた。モノづくり、職人技、いいねぇ。

7つの会議も一気に読み終えた。

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この7つの会議に出てくる「新田」という登場人物が最悪だった。プライドが高く、うまくいかないことは人のせいにし、自分勝手。

身近な準備も先回りしてやって、機嫌を損ねないように色々買って、、作品では、こんな風になんでもやってくれる母親が新田の性格を作った、と描かれていた。

 

これを読んで、「いい母親」「正しい子育て」について友人がブログを書いていたことを思い出した。

なんだろうね、いい母親って。

新田の母みたいに、世話をしすぎるのがよくないことは、なんとなくイメージでわかる。でも、一方で、子どもの喜ぶ姿が見たい!と思って、色々やってあげたくなる気持ちもわかる。

 

だけど、いい母親になりたいのか、と聞かれると、どうかなと思う自分もいる。

自分が子どもだとして、”わたしいい母でしょ”オーラが出てる、たとえば、週末にはお菓子を作り、子どもにゆとりを持って接し、子どもの時間は最大限に尊重し、それでいて観察も怠らず、家事も育児もバッチリ、みたいな母がいたら、相当息苦しいんじゃないかと。

 

たまにフェイスブックの、私はこんなに子どものことを考えているんですよと言う”いい母”投稿に、「あんたは自分のことばかり考えてるんじゃないか」と突っ込まれているかのように感じることもあるけれど、直接言われたかといえば言われてないし。そもそも、投稿でその人は、こんなに子どものことを考えていると伝えているわけではないかもしれないなぁ。

「いい母親」という言葉が出てくると、どうも自分と比較しちゃっていかんね。

 

見えないゴーストを探さずに、心には花を。

悩みは意識できたときには解決している@4月JUMP会

育休JUMP会、参加してきました。1ヶ月ぶり。

 行く前までは、”私ほんとにここに参加したいんだっけ?”と自問自答、なんかモヤモヤしながらだった。
上手くいかないことや体調不良が続いて、育休中を学びの期間と位置づけていたのが間違いだったんじゃないか、、と思ったり。
だけど申し込んだし、4月で卒業の人の話も聞きたいし、、とエイっと参加。

結果オーライ。帰り道は自分でも思ってみないほど、体が軽くてびっくり。この時期の空ってこんなに爽やかだったのか。

 

今月の課題図書は「経験学習」入門。

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経験から学び、フィードバックを受けるために、どういう要素・姿勢が大事かについて書いてある章がその日のお題。

フィードバックをオープンマインドで受けるには?という問いから始まり、フィードバック、ストレッチについてみんなで事例を出し合う。ここで「子ども脳」から「仕事脳」へと切り替わる。このスイッチの入り具合がいい。

そして、毎回、他の参加者の方の視点が面白い。うちの業界はガシガシアウトプット型ではないから、そんな風にしてるんだ!とたくさんの発見が。うちの職場のフィードバックは「形式的に」やっただけになりがちだもんね。

ただ、これまで自分がフィードバックを受け取りやすい姿勢でいたか、を振り返ると、大きな?がつく。あまりに見当違いのことばかり言われていた(と受け取っていた)ので、聞く耳持たなかった時も多かったようなw

 

後半は、

NO!や相手に思ったことをいえないのはなんで?という問いからスタート。

 ”嫌われちゃうんじゃないか”とか、”相手を傷つけちゃうかも”とか、”大したことないから自分で我慢すれば” というのが、私も含め、多くの人に共通しているところ。

でも、場には”言ってもらった方が助かる”型の人もそれなりにいることがわかる(私も仕事だったら言われる方がいい)。

とするなら、傷つくかどうかはあまり気にしないで、伝えてみたらいいのだと思う。明らかに差別的な表現するとかは論外だけど、「●●さん、傷つきやすいから言わなかった」みたいなことを言われたら、私ならムッとするしね。

意見は意見としてまっすぐ(ときにはユーモアを加えて)伝えるのがいいのだと思った。

 

こうやってなんのかんの話しているうちに、気づかなかった自分のモヤモヤも話せて、、、「あぁこれについて実は悩んでいたんだ」と気づいたときには、ちょっとびっくりしたけれど、言語化できたらもう解決策は見えていて、気分も体も楽になった。

意識化、言語化の力ってパワフルだなぁ。

悩みは意識できたときには解決している。 

 

自分メモ

・フィードバックはお互いのキャッチボール

・自分のことは他人の視点でしかわからない

・違和感を自分が引き取るのではなくて、職場の課題としてみる

・それって本当に友達?

・くよくよ迷ってないで、伝えてみて考える